蛭田 秩父の農家に育ったお父さんが何故医者になろうとしたんですか。兜太 秩父谷の事情というのがおわかりにならないと思うので言っておきます。秩父谷ではその頃、農家は養蚕で支えられていたのですが、繭値が年中揺れていますから、そう豊かな農家というのはなかったで ...

写真家の蛭田有一氏が金子兜太にインタビュー、「わたしの骨格自由人」からアップさせて頂いています。母はると兜太1.「金子家の人々」母 はる蛭田「長寿の母うんこのように我を産みぬ」という句がありますが、金子さんをうんこのように産んだお母さんはどんな人でしたか。 ...

 平成を代表する俳句のひとつに選ばれた、金子兜太の次の句から話を始めたい(「俳句界」二〇一七年十二月号「平成俳句検証」アッケート)。  おおかみに螢が一つ付いていた 一読、鮮明な映像(イメージ)が湧き上がる。絵本の挿絵に出て来そうな取り合わせにも見えるし、 ...

定価2500円+税  コールサック社薫振華が聞き手となり金子兜太と親交の深かった人たちとの対談を纏めたた著作 13人の証言  井口時男 いとうせいこう 関悦史 橋本榮治 宇田喜代子 宮坂静生横澤放川 筑紫磐井 中村和弘 高野ムツオ 神野紗希 酒井弘司 安西 ...

 大空の青艶にして流れ星    高浜虚子  昭和三十年(一九五五年)といえば高浜虚子八十二歳のときだが、その年の九月九日、大麻邸での物芽会で三句つくった。この句はそのうちの一つで、ほかの二つも流れ星の句だったから、これが席題だったのだろう。いま開いているの ...

その腋も潔しわが行く手の海鳥(うみどり)    小川 国夫 「インド洋航行」の前書がある。船上での句で、間近に海鳥のとびかうさまを見ていたのだ。 海を旅する句といえば、私はすぐ、中村草田男の「秋の航一大紺円盤の中」と、篠原鳳作の「しんしんと肺碧きまで海のた ...

 蝶の渦真白に迅し英子(ふさこ)なり  豊山千蔭 亡き妻を憶う句。句集『螯の鋏』のなかにあるが、この句集じたいが亡妻追慕の一巻で、作者豊山予蔭は「あとがき」をこういうふうに書きだしている。 風呂の湯を新しくして入った 食卓に英子の遺影を飾った もっきりを一 ...

  飛騨古川の句碑建立の記念写真雑木山ひとつてのひらの天邪鬼  金子皆子 雑木山がひとつある。私は冬の雑木山をおもうが、季節にこだわる必要はない。また、平野のなかの遠方の雑木山が目にうかぶが、それら鑑賞者の自由。ポイントは雑木山が一つあるということ。「雑木 ...

  高き菜水待つ胃の傷口洗らわんと  稲葉直(いなば ちょく)   「胃の傷口」を具体的に受けとる。胃潰瘍かなにかの胃の手術でもしたあとか、潰瘍のような状態そのものかと勘ぐったりするが、「傷口」といえば刃物かなにかで切った感じだから、手術後の胃ということに ...

管理人ご挨拶・新年おめでとうございます。金子先生が亡くなってからもう5年、しかし、このページは時折でも更新したいと思いますので今年もよろしくお願いします。皆様にとって良き年でありますに!! わだなかに虹たち鵜舞いわれは咳く    堀葦男 声調の張った句で、 ...

  蛇の腹纒つきて家野となりぬ   武田伸一 この「腹」が心憎い。蛇がまきつくのならまあまあ普通のことだが、「蛇の腹」がまきついたとなると、感触がまったくといってよいほど変ってくる。ひどく生臭くなり、確実に蛇にまきこまれてしまった鼠のように、家が身動きで ...

  いまだ独身群鶴を見て闇に眠る  淺尾靖弘「いまだ独身一こういう感慨を男がもつのはいくつくらいからだろうか。女性では二十代半ばくらいからか。男性では三十代にはいったあたりからか。最近の若い男女はもっと早いのかもしれない。浅尾靖弘はこのとき三十代後半だっ ...

寺田京子全句集 / 寺田京子 2019 ( 平成31年・令和元年 )群衆いま野鳥の羽音雪きたる   寺田京子   寺田京子は札幌の女流。これは、冬くる札幌街頭での句であろう。 北海道をおもうとき。私のなかに広大な原野がひろがる。北海道にいった最初のときの夏、千歳空港 ...

   冬禽の嘴(はし)が一面空の貧      手代木唖々子(てじろぎ ああし) 「禽」は禽鳥(鳥類の総称)のことで、冬のさまざまな鳥たちの嘴が、空一面にある感じ。私は一読したとき、水禽が嘴を空にむげている風景と受けとったが、それは誤読と知った。さまざまな冬の鳥 ...

     第一句集 球體感覚  天の川ねむりの四肢の獅子となり   加藤郁乎   この句も漂泊者の句で、加藤郁乎の初期句篇の、レトリックの装いすくない漂泊のロマンティシズム、ときにリリシズムの表出を注目した私は、その後の加藤の文学的放浪もたのしく見てきた。 ...

    寺山修司の「牧羊神」に参加。 旅人よみえたる二階の灰かぐら       安井浩司(やすいこうじ) 安井浩司は歯科医だが、私にいわせれば〈漂泊の歯科医〉ということになる。漂泊の心底を蔵したまま定住の居を捨てず、そこに精神と表現の塔の屹立をはかる〈定住 ...

    善長寺~館林文学のこみち    沼初日渺々と人語わたりくる  前山巨峰 はげ鷹となり牛となり釈迦となり    前山巨峰   館林の禅刹善長寺の前山巨峰は、風邪のため大きなマスクをつけて、印度を歩きまわった。帰国して三年、大作「印度塵劫」を、自ら主宰 ...

   晩年の高柳重信 まなこ荒れ たちまち 朝の 終りかな         高柳重信 (Wikipediaにリンク) この句について私はこう書いたことがあった。「大正というヽ冬の午後の陽ざしのような年代に生まれた男たちのあいだにしか通用しないデカダンスの味わいなのか ...

 金子兜太百句を読む 池田澄子 人体冷えて東北白い花花盛り     句集『蜿蜿』                          池田 これも私はざわざわしちゃうんですね。最も好きなうちの一つです。金子 これは長谷川櫂が、いい評論書いてくれてましたねえ ...

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