衫花粉噴きだす猪(しし)や山兎(うさぎ)    兜太 杉の花粉が噴きだす時季がきている。ことしは量が多いというので、テレビなどは寒明けを待たずに報道をはじめていた。 杉の雌花は枝端に群がる。そして、小枝の先に一個だけついた緑色の球状の雌花にむかって、大 ...

金子伊昔紅 (1898-1977) 父・元春(俳号 伊昔紅いせきこう)は、秩父盆地(埼玉県西部)皆野町の開業医。自転車で往診していた。民謡・秩父音頭を楽しみ、俳句は水原秋櫻子に共鳴して支部句会を催していた。集まる者多く、人呼んで「皆野俳壇」と言う。戦前は男性のみ。 ...

管理人が句会の様子を撮りました。先生はカットは必要なしとご覧下さい。 ...

 日本記者クラブ総会記念講演 金子兜太     2010.5.28 https://www.youtube.com/watch?v=aSSSuVYU4vA俳人 金子兜太の気骨  荒凡夫(あらぼんぷ)   2014/02/28https://www.youtube.com/watch?v=YZJGr02MRo0夢彩る 俳人・金子兜太            2014//05//19 ...

            飴山 實飴山 實(1926-2000) 飴山實が神戸にいた小生のところに、まことにときどきだが、ぶらりとやってきて、彼も小生も所属していた俳句同人誌「風」のことや、当時小生たちが問題にしていた「俳句と社会性」のことなどをあれこれと喋っていたのが、 ...

金子 皆子(1925-2006)(金子兜太夫人) 亡妻皆子(本名みな子)が俳句をつくりはじめて間もなく、俳誌「風」(沢木欣一発行の同人誌)の「風賞」を受けたのが28歳。以来つくりつづけて、小生が世話役をしていた俳句同人誌「海程」の「海程賞」も受ける。63歳で現代俳句協会 ...

秩父の三峰神社、椋神社など狼が祀られています。絶滅しオオカミは兜太の心に棲む風土そのものです。 ...

   春落日しかし日暮れを急がない  兜太 自分が年寄りである、と気付いたときの、みょうな気持が、いまでもそのまま残っている。気付かされた、といったほうが当っているのかもしれない。なんとなく老人あつかいされていることに戸惑っている自分に気付いたのである。 ...

兜太の惹かれる俳人は、漂泊の人間です。井月は武士を捨て伊那の地で俳句を読みつづけました。 ...

辺地雪舞う殊にバキュームカーのまわり 西海は佐世保の住、阪口崖子の俳句だが、涯子は医師。八十四歳で他界している。若い頃から俳句をつくっていて、昭和前期の新興俳句運動の有力な作り手の一人だった。「辺地」という言い方に涯子らしい語感があるわけで、一般的には「 ...

 歳末は「日記を買う」ときであり、「日記果つ」のときでもある。終わった日記は「古日記」となる。また、新年の季語に「日記初 にっきはじめ」があって、これは買った日記帳に日記を書きはじめることで、このときの新しい日記帳を「初日記」という。 これらの言葉はすべ ...

  夏の長雨で紅葉の発色がよくないといわれているが、11月半ば、中越の長岡に出向いた折に通過した湯沢温泉の紅葉はなかなかの彩りだった。 雪があちこちに積もっていたせいもあるが、雪と紅葉の照応が鮮やかで、これぞ冬紅葉と思えたのである。12月になれば散ってし ...

栗山理一先生を日頃から尊敬していましたね。 ...

(つれづれ歳時記より)冬至と大晦日の食べもの   金子兜太     年がつまってくると「冬至」がくる。新暦で12月22.23日頃にあたる。太陽がもっとも南に傾くため、一年中で、昼がいちばん短く、夜が いちばん長い日で、東京では、昼間が9時間45分、夜間はじつ ...

三橋 敏雄(1920-2001) ずいぶん昔になるが、長崎に住んでいたとき、この人から手紙を貰ったことがある。長崎港に近い海を航行中だが、寄港しない。元気に。という簡単なものだったが、南支那海の海の匂い、この人の体臭を込めて、たしかに小生に伝わってきたのである。海 ...

 昭和33年6月稲葉直創刊  朴の葉の直下は野迫川(のせがわ)村北股    稲葉 直 【海程同人】  『海程』平成二年(一九九〇)七月号掲載。このところますます地名への関心を高めているので、こうした句には殊に引かれる。私は「野迫川村」が何処にあるか知らないし、 ...

「語る兜太より」岩波書店 2014刊阿部完市(1928-2009)海程同人 完市三十四歳のときが初見。夏の夕方、新宿の精神病院を訪ねると、若く小肥りの精神病医がふうふういいながら現われ、二人とも立つたまま何か喋って、直ぐ別れたことを覚えている。完市から逢いたいと言ってき ...

「語る兜太より」 岩波書店 2014刊林田紀音夫(1924-1998)  海程同人 林田は[関西俳句懇話会]でも寡黙で、色白中背の痩身を立てて、喋る人をじっと見ていた。関西大学の文化祭に林田と小生が呼ばれて、しばらく並んでいたときも、笑顔はあるが笑いはなく、ほとんど喋らな ...

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