管理人ご挨拶・新年おめでとうございます。金子先生が亡くなってからもう5年、しかし、このページは時折でも更新したいと思いますので今年もよろしくお願いします。皆様にとって良き年でありますに!!

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 わだなかに虹たち鵜舞いわれは咳く    堀葦男

 声調の張った句で、気力を感じる。大海の虹や鵜のまえに、背ぐくまり屈して咳をしているのではない。「われは咳く」などとことごとしくいうと、いかにも咳をすることを意識しているようだが、そして、虹や鵜の存在の健康さにくらべて、咳をする人間のあわれを一抹感じはするが、作者堀葦男はそれら天然のものたちとの平衡感覚のなかで、ともどもに存在として並び立って、ごくおおらかに咳をしているのである。虹が立つごとく、鵜が舞うごとく、われは生きて咳する。生きの証しよ、ひびけ一一まあ、そんな存在的な気分といってもよかろう。

 私がこの句を好むのは、その大きさにあり、どこかに、存在するものたちの生命の燃えを感じるからだが、そういいながらも、堀葦男が若いころ胸部疾患に冒されたことを知っているせいか、「われは咳く」にどこかでこだわっていることも事実である。本当に大丈夫かな、という気持である。しかし、この句の様子では大丈夫らしい。

 堀葦男は、昭和三十年代から現在まで、俳句について影響力の大きい発言をしてきた人だが、かれの人間と俳句について、安西篤の適確な論評がある。その一部を書きとめて、この句の理解に資したい。

 「初期の作品にみられる低音部の暗さは、(中略)若くして胸部疾患に冒された堀個人の挫折経験が契機とたったことは否めない。挫折感は暗い情感に結びついて、表現の上にネガティブな抒情を育てて行った。しかも堀の場合、そうした日常性の挫折感を、時間性一般の挫折感として受けとめ、人間存在を根本から問い直そうとするに到った。堀俳句が常に思念や論理に根ざす抒情を志向し、単なる暗い情感にとどまらないのはそのためである。」そしてそれを、「暗い低音部から噴き上げる心意のデモン」ということばでくくる。私がこの句に気力を感じるとすれば、それは、「心意のデモン」旺盛の証拠であろう。

(管理人注・四国高松の勉強会で感じたのですが、金子先生は堀先生が居る限り俺は安心という感じで、恋人に逢えた時のように嬉しさが溢れていました。)