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 平成を代表する俳句のひとつに選ばれた、金子兜太の次の句から
話を始めたい
(「俳句界」二〇一七年十二月号「平成俳句検証」アッケート)。
 
 おおかみに螢が一つ付いていた

 一読、鮮明な映像(イメージ)が湧き上がる。絵本の挿絵に出て
来そうな取り合わせに
も見えるし、この後にさまざまな物語が展開
していくようでもある。狼は兜太の産土、秩父の守り神である。
そして蛍は戦争で亡くな
った非業の死者たちの魂である……。

いくら
でも深読みはできるのだが、その立ち姿はとてもシンプルな
口語俳句である。早くから口
語俳句の未来を語っていた兜太にとって、
の句は自らの実践でありあり、これまでのさまざまな主張の集大成と
も言える奥深さを秘め
ている。

この俳句は句集『東国抄』(二〇〇一年)
に収められている。
兜太八十歳前後。あとが
きに「わたしはまだ過程にある」と記して
を驚かせたのが懐しい。

 先ごろ急逝した黒田杏子氏に、かつて兜太が手渡した言葉―金子兜太を
支え培ったの
は①戦争体験、②職場での冷や飯、③ある時期の俳壇の保
守返りと金子まっ殺の風潮、こ
の三つだということに衝撃を受けた
『語る兜』)。三つは同じ比重ではないと思う。

 水脈(みお)果て炎天の墓碑を置きて去る

 兜太の戦後は、この一句から始まった。何といっても戦争体験がすべて
の基底をなして
いるのである。文芸は無力である。無力であるからこそ、
反戦平和を語り続ける意義がある。戦争体験者が減り続けてるなかで、
戦争の愚かさを語り続けた晩年の使命
感を受け継ぎたいと切に願う。

 職場での冷や飯。組合活動に邁進する兜太に栄達の道は閉ざされる。
しかし、日常を詩
の源泉と見るまなざし、ナマな庶民の有り様、一茶へ
の親炙
(しんしゃ)、そして兜太の表現世界を理解する鍵でもある定住漂泊へ
の思いは、ここに
発するように思えてならない。俳句専念の覚悟をもた
らした熱い冷や飯である。

 三番目は、いわば表現の問題に直面することになった契機でもある。
前衛とか難解とか、
自己表現に執するあまり伝達を忘れたことへの反省
である。季語は約束ではなく生かして
使うべき言葉の海であること、
逆に季語に匹
敵する言葉を現代の生活体験から見つけ出すこと、意味で
なく感覚でとらえること。兜太
が主宰した「海程」のキャッチフレーズが
「古き良きものに現代を生かす」(「を」でなく「に」であることに
(注目)であったことを
今しみじみと思い出している。

 「海程」創刊から八年後、兜太は俳句のあるべき姿について感動的な
一文を
記す(「土がたわれは」)。あくまでも「人間のいる俳句」を
めざす。このことである。「文学
とは、すなわち人間の表現であり、
その意味
で、人間のものであるはずである。人間所在の俳句以外の俳句
など、あるわけがない」と
きっぱり断言する。生涯変わることのなかっ
た信念であったが、やがてこの人間主義は、さらに大きく生きもの感覚、
生きもの諷詠へ
と広がっていく。人間もまた生きものである。

この単純な事実に心から気づいたとき、世界はふたたび輝くはずである。
  
 牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ    『皆之』

 すぐ仰向けになる亀虫と朝ごはん  『両神』

 小鳥来て巨岩に一粒のことば    『東国抄』

 私の好きな生きもののいる俳句である。


堀之内長一」俳誌・海原の編集長です。