カテゴリ: 兜太エッセー

    熊蜂(くまばち)とべど沼の青色を抜けきれず  兜太 俳句歳時記では、蜂といえばすべて春の季語だがみつつ蜜蜂や花蜂はそれでよいとして、熊蜂、雀蜂になると、わたしには夏である。足長蜂もどちらかといえば初夏の感触。 春一色にしたくないということだが、蝉に ...

 愁ひつゝ岡にのぼれば花いばら  蕪村『蕪村句集』にあって、並ぶように、「花いばら故郷の路に似たる哉」もある。双方ともに安永三、四(一七七四、五)年ごろ、蕪村が六十歳くらいのときの作と見られている。しかし、いま読んでも、すこし甘いとはおもっても、古くさい ...

         朝寝して白波の夢ひとり旅     兜太 ここ数年、細君が右腎摘出手術を受けたあと自宅療養しているため、旅はいつも一人である。そんなとき、ずっと以前に、たまたま一人で若狭に旅したときのこの句を思い出している。 若狭の旅は春も終りのころだった。民 ...

        坪碑(つぼのいしぶみ)公園に句碑があります 日本中央とあり大手鞠小手鞠   兜太 下北半島の根もとにある東北町の歴史公園に、坪碑(つぼのいしぶみ)を納めた建物がある。碑の高さ約一・六、幅一メートルほどで、「日本中央」の四文字が刻まれてあり、往古 ...

      東一華の花人体冷えて東北白い花盛り   金子兜太  句集「蜿蜿 えんえん」1968年 五月の初旬、東京を寝台列車で発って、翌日青森に着いた。三十年ほど以前のことだが、いまでも朝の車窓にひろがる〈東北の春〉の新鮮な空気が忘れられない。白い花盛り ...

 つばな抱く娘(こ)に朗朗と馬がくる   兜太 ついこのあいだ、放浪の俳人、井上井月のことで信州伊那を訪ねた折、写真家の唐木孝治さんから、「わたしの散歩道一一春」と題のある文と写真のコピーをいただいた。 三十年ほど前、わたしがいま住んでいる武蔵野の北・熊谷 ...

猪(しし)が来て空気を食べる春の峠  兜太 わたしの郷里は、関東平野の西にあたる秩父で、山国である。長い勤めのあと、業俳(プロの俳人のこと。江戸のころの言い方)の暮しに入るあたりで、そこの里山の中腹に山小屋を建てたのだが、自慢は、郷里を代表する山として親し ...

   衫花粉噴きだす猪(しし)や山兎(うさぎ)    兜太 杉の花粉が噴きだす時季がきている。ことしは量が多いというので、テレビなどは寒明けを待たずに報道をはじめていた。 杉の雌花は枝端に群がる。そして、小枝の先に一個だけついた緑色の球状の雌花にむかって、大 ...

秩父の三峰神社、椋神社など狼が祀られています。絶滅しオオカミは兜太の心に棲む風土そのものです。 ...

   春落日しかし日暮れを急がない  兜太 自分が年寄りである、と気付いたときの、みょうな気持が、いまでもそのまま残っている。気付かされた、といったほうが当っているのかもしれない。なんとなく老人あつかいされていることに戸惑っている自分に気付いたのである。 ...

辺地雪舞う殊にバキュームカーのまわり 西海は佐世保の住、阪口崖子の俳句だが、涯子は医師。八十四歳で他界している。若い頃から俳句をつくっていて、昭和前期の新興俳句運動の有力な作り手の一人だった。「辺地」という言い方に涯子らしい語感があるわけで、一般的には「 ...

 歳末は「日記を買う」ときであり、「日記果つ」のときでもある。終わった日記は「古日記」となる。また、新年の季語に「日記初 にっきはじめ」があって、これは買った日記帳に日記を書きはじめることで、このときの新しい日記帳を「初日記」という。 これらの言葉はすべ ...

  夏の長雨で紅葉の発色がよくないといわれているが、11月半ば、中越の長岡に出向いた折に通過した湯沢温泉の紅葉はなかなかの彩りだった。 雪があちこちに積もっていたせいもあるが、雪と紅葉の照応が鮮やかで、これぞ冬紅葉と思えたのである。12月になれば散ってし ...

(つれづれ歳時記より)冬至と大晦日の食べもの   金子兜太     年がつまってくると「冬至」がくる。新暦で12月22.23日頃にあたる。太陽がもっとも南に傾くため、一年中で、昼がいちばん短く、夜が いちばん長い日で、東京では、昼間が9時間45分、夜間はじつ ...

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