カテゴリ: 山頭火

    草もわたしも日の落ちるまへのしづかさ この句を書きとめた日の、昭和八年(一九三三)十二月二十七日には、次のようなことを書いている。「何といふ落ちついた、そしてまた落ちつけない日だらう。 私は存在の世界に還つてきた。Seinの世界にふたゝびたどりついた ...

  「放浪行乞 山頭火一二〇句」より 集英社 1987刊  酔へばあさましく酔はねばさびしく 昭和十二年(一九三七、五十六歳)十二月十一日の句。この年の七月七日、蘆溝橋で日中両軍が衝突し、これが日中戦争の発端となった。山頭火は、七月十日のところに「北支那の形勢 ...

   「放浪行乞 山頭火一二〇句」より 集英社 1987刊      めざめたらなみだこぼれてゐた これも昭和八年(一九三三)十二月二十七日のところに書きとめられてある。この日から風邪気味で床に就いていた。その病中吟で、つづけて、  なみだこぼれてゐる、なんのなみ ...

「放浪行乞 山頭火一二〇句」より 集英社 1987刊           どかりと山の月おちた 昭和七年(一九三二)九月十四日の句。其中庵に入る日が間近に迫り、樹明、敬治、冬村といった若い俳句仲間が庵の修理などをしてくれた。自分は小郡町なる武波憲治の家の裏座敷に仮寓 ...

 「放浪行乞 山頭火一二〇句」より 集英社 1987刊山頭火:直筆の未発表句 句会仲間の子孫宅に 大分(毎日新聞) [2012年03月25日  ふるさとの言葉のなかにすわる 昭和七年(一九三二)五月二十一日、粟野(現、山口県豊浦郡豊北町)での句。いよいよ故郷に近づいてい ...

「放浪行乞 山頭火一二〇句」より 集英社 1987刊  鉄鉢の中へも霰   (てつぱちのなかへもあられ) 昭和七年(一九三二、五十一歳)一月八日の作。第三回行乞途上の作で、前句同様、(うしろ姿のしぐれてゆくか) 山頭火の代表作の一つといえる。 この句については、山頭 ...

「放浪行乞 山頭火一二〇句」より 集英社 1987刊   写真の説明 近木圭之介(俳号・黎々火)という二十歳にもならない青年が、2002年(平成14年)下関で発行された「燭台」という文芸誌の中で語っている。『(あの写真は)山頭火が我が家に初めて泊まってくれた翌日でし ...

「放浪行乞 山頭火一二〇句」より 集英社 1987刊 はてもない旅の汗くさいこと 昭和五年(一九三〇)九月十七日、宮崎県京町(現、えびの市向江)で書きとめた句。もちろん、ここでつくったという保証はない。第一回行乞の折にも「この旌、果もない旅のつくつくぼうし」と ...

「放浪行乞 山頭火一二〇句」より 集英社 1987刊      しづけさは死ぬるばかりの水がながれて この句が『行乞記』の冒頭に書かれていることはすでに述べたが、山頭火はこれを九月十四日の日記のなかで「呪ふべき句を三つ四つ」の前書とともに再び書きとめている。「呪 ...

「放浪行乞 山頭火一二〇句」より 集英社 1987刊      ほろほろ酔うて木の葉ふる 昭和四年(一九二九)の『層雲』発表句。句集『草木塔』収載の場所から見ると、放浪半ばから終りのころの作と思う。すでに心身くたびれてきているから、酒の酔いが割合に早くて、「気持 ...

「放浪行乞 山頭火一二〇句」より 集英社 1987刊 分け入っても分け入っても青い山   山頭火 大正十五年(一九二六、四十五歳)の『層雲』発表句。「山頭火一代一冊の自選句集」(大山澄太といわれる『草木塔』は事実上この句からはじまる、といってもよいほどである。 ...

「放浪行乞 山頭火一二〇句」より 集英社 1987刊  今日も事なし凩(こがらし)に酒量るのみ   山頭火 大正三年(一九一四、三十三歳)、『層雲』(荻原井泉水主宰の自由律俳句誌)に発表した句。山頭火は三十代に入ると、にわかに文章を書き、句をつくり、自由詩まで書 ...

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